耳納連山の様子

うきは市と耳納連山

うきは市の北側(朝倉方面)から南に向かって筑後川を渡った時に、耳納連山が姿をあらわします。地元の人たちは、この耳納連山を目にする時こそが、故郷に帰ってきたことを実感する時だと言います。

その圧倒的な存在感と美しさから「屏風山」と呼ばれて親しまれてきました。

中世の南北動乱の中、耳納連山は戦乱の舞台となり、豪族の山城が多く築かれました。

鷹取山の頂上には、鷹取城跡(星野村指定文化財・史跡)があります。 鷹取城は、本星野の館や妙見城、延寿寺村の福丸城(うきは市吉井町)の後詰めの城として、重要な位置関係にあったと考えられます。

頂上(標高802.1m)の城跡に立つと、南東面は緩やかな山なみが星野村へ続き、北西面は急峻な斜面が切れ落ち、その先には悠々たる筑後川の流れを一望のもとに眺めることができます。

耳納連山は筑後川と同じく、筑後地域の人たちにとって、欠かせない存在です。

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